論文・著作

靖国神社参拝問題 
―継続した議論が必要―

2002年8月執筆

今年も8月15日がやってきた。最近は毎年のように政治家が、特に閣僚が靖国神社に公式参拝するか、私的参拝するか、或いは、参拝しないのかが話題として取り上げられ報道される。昨年、注目を浴びた小泉純一郎首相は、15日午前、全国戦没者追悼式に先立って千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花したが、靖国神社には既に4月の春季例大祭に合わせて参拝している、との理由から今回は参拝を見送った。結局、15日に靖国神社を参拝した閣僚は、武部勤農水相、片山虎之助総務相、平沼赳夫経済産業相、中谷元防衛庁長官、村井仁国家公安委員長の5閣僚であった。

話題となっている閣僚の公式か、或いは、私的な参拝なのかに対して中谷長官は参拝後、記者団に「国務大臣中谷元が心を込めて日本人、人間として参拝した」と述べた。片山、平沼両大臣は公私の別や参拝形式などに関する記者団の問いには答えなかった。

超党派の衆参両院議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長・瓦力元防衛庁長官)という会があるが、それに所属している議員達は、本人58人、代理119人が、総勢177人で参拝した。議員の会は自民、民主、自由、保守各党などの議員がメンバーであり、毎年、終戦記念日や春秋の例大祭の際に靖国神社への集団参拝を続けている。15日は自民党では森喜朗前首相、堀内光雄総務会長らが顔をそろえた。

そして、綿貫民輔衆院議長、倉田寛之参院議長、橋本龍太郎元首相らは、単独でそれぞれ参拝を済ませた。石原慎太郎都知事も参拝した。石原知事は平成12年に歴代都知事としては、初めて靖国神社に公式参拝し、以来、毎年参拝を続けている。

また、参道の特設テントでは、「英霊にこたえる会」(会長・堀江正夫元参院議員)と「日本会議」(会長・三好達前最高裁長官)が「戦没者追悼中央国民集会」を開き、約2000人が参加した。近年、盛んに議論されている靖国神社に代わる国立追悼施設建設構想に対して、参加者からは追悼施設建設構想への批判が相次いだ。

結局、靖国神社には午前6時の開門とともに遺族、戦友、若者など幅広い年代の人たちが次々と参拝に訪れ、夕方になっても参拝者の列が途切れることはなかった。同神社のまとめによると、この日の参拝者は85,000人に達した。

実は、敗戦直後、靖国神社は存亡の危機にあった。なぜなら日本に進駐した連合国軍の大勢が、「靖国焼却すべし」という意見で占められていたからだ。そのような情勢下にあって、当時の駐日ローマ法王代表バチカン公使代理だったピッテル神父が、占領統治の最高司令官マッカーサーに、「戦勝国、敗戦国を問わず、いかなる国家も、その国家の為に死んだ人々に対して敬意をはらう権利と義務がある。もし靖国神社を焼き払うとすれば、その行為は米軍史上不名誉極まる汚点となって残ることであろう。歴史はそのような行為を理解しないに違いない。国家(日本)のために死んだ者は、全て靖国神社にその霊をまつられるべきとする」と強く進言した。これに加え、国民の血書嘆願もマッカーサーの元に数多く届き、進駐軍は考えを改めることとなった。

斯くして、今も存続している靖国神社であるが、なぜ参拝することが話題となるのか。その原因は色々あるが、しばしば指摘されるのが、A級戦犯が祀られているということである。だが、このA級戦犯に関する歴史を紐解くと、不可解な点に気が付く。極東国際軍事裁判所条例中には、裁判所が被告達を裁くための裁判管轄権を持つ犯罪として(a)「平和に対する罪」(b)「通例の戦争犯罪」(c)「人道に対する罪」の3つが規定された。しかし、日本がポツダム宣言を受諾して連合国に降伏した当時、国際法上存在していた戦争犯罪は、俘虜虐待、民間人の殺害、財物の掠奪など、いわゆる「通例の戦争犯罪」だけであって、(a)の「平和に対する罪」と(c)の「人道に対する罪」は国際法上存在していなかった。つまり、条例中にかかる犯罪を規定することは、「法なき所に罪なく、法なき所に罰なし」とする「事後法の制定による裁判の施行を非」とする近代文明国共通の法理に反した行為であると考えられる。

また極東裁判における11名の裁判官の中には戦勝国から選出されているという不合理だけではなく、法廷に持ち出された事柄に対して事前に関与していたり、必要な言葉がわからなかったり、本来裁判官ではなかった者までいた。その中でただ一人国際法の専門家がいた。それがインドのラドハビノッド・パル博士である。

パル判事は、(a)「平和に対する罪」が1945年以前には存在しなかったとし、連合国が国際法を書き改め、それを遡及的に適用する権限はないと判断した。パル判事の意見書によれば「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる裁判を行うのは、戦敗者を即刻殺戮した者とわれわれの時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺するものである。かようにして定められた法に照らして行われる裁判は、復讐の欲望を満たすために、法律的な手続きを踏んでいるようなふりをするものにほかならない。それはいやしくも正義の観念とは全然合致しないものである。」と述べ、つぎのように結論した。「戦争が合法であったか否かに関してとられる見解を付与するものではない。戦争に関するいろいろな国際法規は、戦敗国に属する個人に対しての勝者の権利と義務を定義し、規律している。それゆえ本官の判断では、現存する国際法の規則の域を越えて、犯罪に関して新定義を下し、その上でこの新定義に照らし、罪を犯したかどうかによって俘虜を処罰する事は、どんな戦勝国にとってもその有する権限の範囲外であると思う。」とした。

しかしながら、日本は、サンフランシスコ講和条約の第4章:政治及び経済条項(PORITICAL AND ECONOMIC CLAUSES)の第11条で日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾する、としている。従って、パル判事が指摘したように極東裁判が近代文明国共通の法理に反したものであったとしても、やはりA級戦犯は、それ以外の何者でもないと言うことになる。

毎年のように話題になる靖国神社参拝であるが、このままでは、総理大臣の参拝もままならず、天皇陛下の御親拝は更に難しく、日本に来られる外国元首にも足を運んで頂けない。この議論に加わることも出来ず、一番困惑しているのは靖国神社に祀られている250万の霊魂であろう。政府は、早急な改善策を考えなければいけないのではなかろうか。

以下は一つの改善策としての若干の私見である。第一に、戦後補償を全て完了する。太平洋戦争(大東亜戦争)に関係した国全てに日本国から、改めて戦後補償交渉を行う。目的は、二度と先の大戦について全ての事柄を外交問題にしない、させないため。原則、相手国の要求通りに満額を支払う。但し、日本国に対して債務を負っている国は、日本に対してそれを完済した後、日本国は責任を持って戦後補償を満額支払うこととする。また、債務不履行の国に対してはそこから差し引かれること。それにも増して、賠償額が多い場合は、日本国が責任を持って支払う。そして、日本国は完済された資金を新たに発生した戦後補償に充当すれば過剰な負担を新たに発生させることを防げるだろう。これによって、先の大戦のことは、今後一切、不問とすることを各国に約束させる。或いは、戦後補償条約の一項目に明記するのも一つの手段だと思われる。

第二に、戦後補償を終えた後に戦犯と呼ばれている人たちの名誉回復を国会にて行う。戦後半世紀が経ち“罪を憎んで人を憎まず”の精神で、名誉回復を行う。もちろん、これは戦争を肯定するものではなく、歴史に翻弄された人々の個人的な名誉を取り戻すことを目的とする。戦争そのものは罪だ、ということも首相が国会で、宣誓すること。これは、先の大戦だけでなく、日本国が今までに行った全ての戦争(例えば、日清戦争や日露戦争など)は罪深かった、と告白し、全ての国に謝罪すること。そして、過去に戦争経験のある世界中の国々の指導者たちにも反省を促す。刑罰を執行された人が、その後も犯罪者として扱われるのは、そもそもおかしい。刑期を全うした人は一個人として扱われるべきであり、社会はそれを受け入れる必要もあると思われる。

上記のことが容易ではないことは承知している。しかし、この問題は引き続き議論していかなければ、解決に向かわないのもまた事実である。既述したように政府は、早急に改善策を考えるべきである。新たな国立追悼施設建設構想などの案も出されているようではあるが、本当に慰霊をする気があるのであれば、先ずは、靖国問題を解決するべきではないだろうか。それが、日本のために死んでいった人達に対する感謝の気持ちであり、礼であると考える。そして、靖国問題が解決され、みんなが快く靖国神社を訪れることが出来るようになったとき、はじめて数百万の霊魂は報われるのではないだろうか。

2002年8月執筆

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