論文・著作

ABM条約失効
—ミサイル防衛の行方—

2002年7月執筆

米・露両国におけるABM (Anti-Ballistic Missile:弾道弾迎撃ミサイル)条約※注1が6月14日午前0時、発効から30年と1か月を経て失効した。冷戦初期には、弾道ミサイルを保有していたのは米ソ2カ国だけであった。米ソは、それを戦略核三本柱の一つとして開発に凌ぎを削り、一方の核攻撃で相手を即破壊できる能力を双方が持つことで、互いの先制攻撃を抑止するMAD(相互確証破壊)体制を確立させた。そして、その戦略的安定を崩す恐れのあるミサイル防衛システムを制限するためにABM条約を締結した。しかし、同時に大量破壊兵器から身を守るミサイル防衛システムの開発と先制攻撃重視という新たな核戦略時代の始まりを象徴することになった。そして、今回のABM条約の失効によりミサイル防衛システムが新たな局面を迎える。

ブッシュ米国大統領が、冷戦終焉と新たな脅威の存在を理由にABM条約からの一方的離脱を発表したのは昨年12月13日のことだった。ABM条約には6か月の通告期間を設けた脱退規定があるが、失効時期は離脱発表ですでに意味をなさなくなっており、露国に続いて中国や欧州も黙認の格好となった。以前から強硬にミサイル防衛システムに対して懸念を示していた諸外国が、態度を軟化させたのは、同時テロを契機に米露が戦略的接近を強め、5月のモスクワ宣言で核兵器削減とともに米国のミサイル防衛システムの開発に露国が合意したことによって中国や欧州は沈黙したと思われる。そうした実態を示唆するかのように米国は、海上での迎撃システムの開発・実験が、ABM条約に抵触しているにもかかわらず、条約失効前の6月13日にイージス艦を使った海上発射型のミサイル迎撃システムの実験を実施した。

米国防総省の発表によると米東部時間の13日夜、イージス艦を使った初のミサイル防衛システムの迎撃実験に成功、ハワイのカウアイ島の実験場から発射した弾道ミサイルを、イージス艦から発射した迎撃ミサイルが探知し、飛行中に撃ち落とした。イージス艦などを利用し、中距離弾道ミサイルを主な迎撃対象とする海上発射型のミサイル防衛システムではこれまで2回の迎撃実験が行われ、いずれも迎撃に成功している。

これらの実験だけでなく、基地の建設も始まった。6月15日、アラスカ州中部のフォートグリーリー米軍基地でミサイル防衛システムの主軸となる地上発射迎撃ミサイルの実験施設の起工式を行った。2004年の初期配備を目指した米国のミサイル防衛構想が本格化することになる。フォートグリーリーの施設では、約3億2500万ドル(約400億円)の工費をかけて、迎撃ミサイルを収めるサイロ6基が建設される。同基地の建設は、昨年の8月下旬頃から整地作業が進められていたが、ABM条約の失効に伴い正式に始まった。

昨年12月に米国防総省が一部を公表したNPR(Nuclear Posture Review:核体制見直し)によれば、引き続きQDR(Quadrennial Defense Review:4年ごとの国防計画の見直し報告)の主目標である、保証、説得、抑止、打倒の必要性を強調しつつ、また地球が消滅するほどの核で向き合う核抑止時代は終わり、代わりに“ならず者国家”(ローグ・ネーション)やテロリストによる突発的な攻撃に備えてミサイル防衛システムの構築がより急務になったとしている。

また、ブッシュ米大統領も「ABM条約が過去のものになることで、限定的なミサイル攻撃を対象にした有効な防衛システムを開発・配備することがわれわれの使命になった」と声明を発表し、テロ組織や“ならず者国家”を対象としたミサイル防衛システムの構築を急ぐ意向を改めて表明している。

米国防総省のケイディシュ・ミサイル防衛局長は、米国が先のABM条約失効を受けて開発や実戦配備を急いでいるミサイル防衛システムに関連して、海上の艦船から迎撃ミサイルを発射する方式のものについては当初の予定よりも数年早い2005年前後の配備を目指していることを明らかにした。ミサイル防衛システムの配備の時期については、北朝鮮が2004年にもアラスカや米本土に到達可能な弾道ミサイルの実用化に成功するとの懸念があり、一部では「2004年に海上発射型迎撃システムが配備される」との噂もある。これについて、同局長は、明確な日程はまだわからない、としながらも、海上発射型システムの開発を急いでいることを認めている。当初は2010年までにとされた配備目標が繰り上げられるのは必至のようである。

ケイディシュ局長は、ABM条約失効により、これまで条約に抵触していた長距離ミサイル迎撃での他国との協力が可能になったこと、そして、すでに短・中距離ミサイル迎撃で共同研究などを行っている日本、ドイツ、イスラエルなどとの協力体制を強化するとともに、他国とも迎撃・レーダー施設用地の提供などを含めた協力を求めていく方針を表明している。

ABM条約失効によってミサイル防衛システムの開発が急速に進展している。今後、ケイディシュ局長が述べているように米国が、日本に対して今まで以上にミサイル防衛システムの開発に協力を求めてくるのは、明らかである。その際、日本政府が明確な方針を持って答えを出して欲しいと願うだけである。


※注1 ABM条約(Anti-Ballistic Missile:弾道弾迎撃ミサイル):米国と旧ソ連が、1972年に締結した。相互の破壊を確証することで核攻撃を抑止するため、国土全体をカバーして防衛するABM(弾道弾迎撃ミサイル)網の配備を禁止し、ABMの配備地点を各2カ所に制限した。74年の改定で、さらに1カ所に制限された。米国はミサイル防衛構想に基づきABM網を整備する計画があり、同条約の失効が必要だった。[戻る]