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包括的防衛ネットワークの可能性

はじめに

近年、様々な多国間共同訓練に積極的に参画してきた防衛庁・自衛隊は、日本で初の多国間共同訓練を2002年度に実施する方針を固めている。これら多国間共同訓練などの一連の流れには、従来の米国を中心としたバイラテラルな安保体制を補完しつつ、より広範なネットワークとしてのアジア地域における新しい安保体制の可能性が見えてくる。さしあたり、それを包括的防衛ネットワークと呼ぶことにする。これは、多国間交流などにより同盟関係の強化と再確認、非同盟国との積極的・建設的関係の構築を創出するものである。本稿では、アジア地域の情勢分析を中心に、域内における多国間に渡る諸制度の検証、そして、欧州における諸制度とアジア地域のそれとの比較を通じて、包括的防衛ネットワークという可能性を論証することを試みる。

アジア地域の情勢

日本を含むアジア地域は、欧州に比して安全保障上の不安定要素をたくさん抱えている。アジア地域における政治的現象の特徴は、大別して二つのものが見られる。第一に地域主義、二つ目は分断・制限地域である。地域主義とは、ASEANやARF 1に代表されるような一定の地域内で参加国を募り、紛争の防止や安定の強化、経済成長の促進などの目標を参加国同士で共有し、共に歩んで行く機構などを創設していくことである。これは、一見すると安定をもたらすようにも観察できるが、必ずしもそうではない。例えば、地域主義に強固に反対する見解が域内に存在すれば、それが進展すればするほどコンフリクトが生じてしまう。また、行き過ぎた地域主義が戦争を引き起こすことは歴史が証明している。

第二の分断・制限地域とは、朝鮮半島や台湾に見られる同一民族・文化圏の人々が住んでいるにも拘らず、政治的・歴史的背景によって分断されている地域のことである。これは、冷戦構造が残した代表的な負の遺産でもある。

これら二つの現象がおきる要因は、主なものとして、先ず各国の国益・利害の不一致、第二に二国間同盟と多国間関係に対する価値観の違い、第三に政治体制における思想・主義の差異などが挙げられる。日本にとっても、朝鮮半島情勢と台湾問題は国の存亡に直結する不安定要素となっている。しかし、それらの地域以外にも不安定要因は存する。核兵器を含む軍事力の集中、未解決の領士紛争、WMD 2とその運搬手段の拡散がそれである。欧州に比してアジア地域には、不安定と不確実性が継続する可能性を否定できない。

それらの解決方法としては、各国の賛同を得られる協力機構の構築、地域内における協調のためのルール作り、各国間の更なる信頼醸成の促進と予防外交の確立などが考え得る。については、現在までの歴史を鑑みても一足飛びの構築が困難であることは想像に難くない。においても受け皿となる組織が強固でないと信頼性に欠ける、現行ではに活路を見出すのが適切のように思える。

防衛庁・自衛隊は、そうした域内の不安定要素の緩和に積極的に貢献できうる能力と資質を持ち合わせており、平和的紛争解決、拡散防止、公海・空、そして宇宙空間の安定・維持、そして民主主義と自由主義経済の促進を同盟国米国や周辺各国と追及する努力を怠ってはいけない。確かに、米国のプレゼンスと日米同盟は、長年に渡って地域の安定に対して、多大なる貢献をしてきた。しかし、それに象徴されるようなバイラテラルな関係だけでなく、今後は、より広範囲に信頼醸成と予防外交が図れる包括的防衛ネットワークの構築に意義が見出される。

アジア・欧州に見られる多国間協力体制

アジア地域における代表的な多国間協議機構がASEANであるのは議論の余地が無い。安全保障に限って論じれば、そのASEAN加盟国が創設したARFが、地域全体の公式の協議や交流の機会提供の場として発展してきた。この試みは、各国の相互理解と透明性の促進に注力しており、地域協力の興味深いモデルといえる。

また、TCOG 3に見られるように二国間関係や多国間関係以外の選択肢も模索され始めている。より問題意識や課題を共有するこのような三国間協議にも今後の可能性が見出される。

地域安全保障体制の展望を語るうえで、欧州におけるそれには学ぶべき点が多い。例えば、NATOをはじめCSCE 4、PFP 5、ESDI 6、そしてCJTF 7構想などである。信頼醸成措置(CBM 8)はCSCEのなかで発展し、そのCBMを強化することによってCSCEはOSCE 9と機構化されることにつながった。OSCEは、安全保障を多国間協力の観点から多国間フォーラムとして諸問題の平和的解決、危機管理、紛争予防を目的として協議を行っている。

しかし、実際の武力紛争や侵略行為にOSCEだけで対処できないのは、想象に難くない。WEU 10に代表されるような同盟関係やNATOのような集団安保体制が別途必要になってくる。つまり、ひとつの代表的な地域協力機構が存しても、それに対する相互補完的な安保体制が必要なのである。欧州の安保体制を鑑みると、やはり直ちにアジア地域にそれらを適用することの困難さが見えてくる。

確かに、前述のように地域安全保障のためのARFなどが積極的役割を果たし始めてはいるが、それは初歩的な信頼醸成措置の域を脱してはいない。予防外交の機能も果たしていると見る向きもあるが、中国がARFは信頼醸成のためのものであり、予防外交への移行は時期尚早という立場にある以上、未だ成し得ていないと言える。また、TCOGにも三国間だけに留まらず、いずれは域内の安全保障情勢全体を視野に入れた協議も求められていくことは必至である。

今後は、これらの芽生えつつある多国間協力を従来の二国間同盟と併用することによって更に広範なネットワーク型安保体制へと転換させることが重要である。

包括的防衛ネットワークの提案

アジア地域において集団安保機構を早急に創設することは、歴史的経緯や地域主義に反対する見解などを考慮すると容易ではない。米国を中心とするバイラテラルな同盟関係を堅持しつつ、多国間訓練・交流、三国間協議などを併用し、域内の安保関係をネットワーク化することは、機構創設よりも有効性が見出される。機構組織に比してネットワークは緩やかな存在であり、非対称同盟関係に見られる「同盟のジレンマ」、相互不信による「安全保障のジレンマ」を解消することができる。また、地域主義に警鐘を鳴らす立場としてもネットワークに強固に反対することは難しいだろう。

米国政府もアジア地域における平和と安定への貢献のため、人道支援活動、災害救援や非戦闘員退避活動などの活動を通して多国間信頼関係の増進を図るよう、積極的な多国間訓練の実施に踏み切っている。本年5月に防衛庁・自衛隊がオブザーバー参加した「チーム・チャレンジ」では、CJTFの編成訓練まで実施しており、信頼醸成だけに留まらず、より現実に即した訓練がなされている。多国間訓練への参加は(信頼醸成はもとより、自衛隊の戦術技量向上の観点からも意義深い。

米国のIMET 11、E−IMET 12の試みも非常に興味深いと言える。諸外国の軍の指導者に民主主義的価値観を示し、シビリアン・コントロールの重要性と尊重を育むプログラムを提供する国として日本は最適な国と言えないだろうか。このようなプログラムを試みることは、日本がアジア地域の軍事組織の健全な発展に建設的な貢献を果たし得る可能性を示している。また、日米を機軸に周辺諸国にアジア版PFPの推進を試み、包括的防衛ネットワークをより意義深いものへと発展させるのも地域の安定へ貢献できる政策である。

だが、この種のネットワーク論は今に始まったわけではない。既にデニス・ブレアらが「ウェブ型安全保障」を提唱している。また、米国のQDRに於いても同盟・友好各国とのネットワークの重要性が謳われている、にも拘らず、日本の安全保障環境では、その進展はあまり観測されていない。その理由の一つとしては、集団的自衛権の問題が挙げられる。

現在まで、多国間訓練の中でも軍事色の強い訓練に対しては、集団的自衛権の行使を認めていない政府見解に触れるとの配慮から、防衛庁・自衛隊は参加を見送ってきた。しかし、課題は直接的な軍事問題に限らず、海賊対策、麻薬撲滅、テロ対策と多岐に渡り、それらのボーダレス化も急速に進展している。無論、政治的判断を要するが、憲法との関係を整理しつつ、わが国とアジア地域における平和と安定のために主体的に多国間訓練に参画することが望ましい。また、信頼醸成に限って論じれば、訓練の課題や目的よりもその過程を経る事が重要であり、数多く参画することによってより強固な関係が導き出される。

結論

包括的防衛ネットワークの構築には、アジア地域安定のための大いなる可能性が秘められている。防衛庁・自衛隊は、あらゆる段階で他のアジア諸国との共同訓練・交流を促進し、諸国との信頼醸成と予防外交の継続的・持続的努力を行うべきである。また、信頼醸成措置に留まることなく、諸国と相互に関心のある課題においても積極的・建設的な包括的防衛ネットワークの構築につとめる必要がある。これらには、平和維持活動、人道支援活動、災害救援、非戦闘員退避活動、海賊対策、テロ対策および域内における紛争の平和的解決を促進する全ての可能性を追求するべきである。今後テロ対策など個別具体的な課題に注目が集まるかもしれないが、長期的に日本とアジア地域の安全保障環境を考慮すれば、個別的問題よりも大局的な見地からの環境整備が求められる。その観点からも包括的防衛ネットワークへの期待は、更に高まるであろう。


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